猫の書斎2

本と猫のことを中心にいろいろと書きます

物語の本質は明確に語られない「真実」にある

 

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『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』

本書は、良い物語が良い物語である理由を、シナリオのプロが解説した本だ。


著者のロバート・マッキーは脚本家や小説家にシナリオの指導を30年以上おこなっており、門下生からはアカデミー賞受賞者が60人以上出ているという、とんでもない実績を持つ人物。本書テーマにとっては、これ以上ないというほどうってつけだ。
ぼくは別に脚本家や小説家を目指しているわけではないけれど、日頃からおもしろい映画とおもしろくない映画では何がどう違うのかという疑問を持っていたので本書を手に取ったのだが、大当たりだった。


本書を読むと、次のようなことがわかってくる。

 

  • 映画や小説などのストーリーの本質(あらすじを話したりまとめたりしてもストーリーにならない)
  • なぜおもしろい映画はおもしろいのか、なぜつまらない映画はつまらないのか、その論理的な理由


基本的に映画の脚本についての本だが、小説やノンフィクションなどストーリーを要素に含むものにも当てはまる原則が丁寧に解説されている。


ここでは、本書に書かれていたストーリーの本質を、映画『男はつらいよ』シリーズを例にして考えてみたい。


寅さんのストーリーを分析してみる


寅さんはいい歳して結婚もせず、家もなく、安定した仕事も持たず、日本各地を旅しながら、怪しい品物を通行人に売って、なんとかその日暮らしをしているフーテンだ。『男はつらいよ』シリーズは基本的に、毎回、ほぼ同じあらすじで展開する。

 
実家にあたるおいちゃんのダンゴ屋とらやで、おいちゃん夫妻と妹のさくら(ときどき、さくらの夫ひろしと、ひろしの勤め先の印刷会社社長のタコ)が噂話をする。「お兄ちゃん、いまどこにいるのかしら」「そろそろ帰ってくるんじゃないかね」「マズイよ~。○○ちゃん(マドンナ)に寅さんの部屋を貸してるんだから」「寅さん、またひと目惚れしちゃうよ」とかなんとか言っていると、寅さんが店の前を通り過ぎる。みんなが気づかないふりをするなか、寅さんは店に入ってきて、いつも調子でとらやのメンツをからかう。帰ってきた寅さんは、持ち前のキャラクターと巧みな話術でマドンナの心をつかむ。マドンナはなぜだか毎度、家族や仕事や人間関係に問題を抱えていて、美女に弱い寅さんは、親身になってマドンナの問題を解決しようと奮闘する。すると、なぜかマドンナは別の男性とうまくいくか、寅さんに気があっても仕事を選んでとらやを去っていく。それを知った寅さんはすぐに、トランクを持ってとらやを出る。「もう行くの? お兄ちゃん。たまには、みんなとお正月を過ごしたら」と言うさくらの制止を振りきり、「それが渡世人のつれぇところよ」と負け惜しみを吐いて電車に乗る。


多少、流れは違っても、40作を超える『男はつらいよ』は毎回、ほぼこれと同じあらすじで展開する。だけど、どの回を観てもおもしろいし、観客は寅さんのおかげでマドンナの人生が上向いたことに喜び、それを見届け身を引く寅さんの男気に感銘を受け、毎年必ず2回フラれ一向に結婚できない兄を思うさくらの姿に目頭を熱くする。


でもよく考えると、これは不思議ではないか?


すべてはお約束なのだから、何度かシリーズ作品を観た人なら、何が起きるかをほぼ予想でき、その展開や結末に何の驚きもない。内容や結末があらかじめわかっている映画だと言っても、言い過ぎではない。


だけど、観れば文句なしにおもしろく、感動する。


ぼくのなかで、これはちょっとした謎だったのだけれど、『ストーリー』を読んだ今、その謎がすっかり解けた。


ストーリーの本質は、あらすじではないのだ。


明確に語られない「真実」に観客は反応する

 

ストーリーテリングとは、真実を独創的に実証することである。ストーリーとはアイディアの正しさを伝える生きた証拠であり、アイディアを行動へと具体化したものだ。ストーリーのなかで出来事を構成することによって、まずアイディアを表現し、それから証明するが、説明をしてはいけない。

 

本書ではストーリーの本質が言葉を尽くして説明されるが、上の部分に特にそれが凝縮されていると思う。


わかりやすくするために、寅さんにあてはめてみる。


ぼくが思うに、『男はつらいよ』シリーズにおける「真実」や「アイディア」は次の一文で表現できる。


「無私の心が誰かを幸せにするが、だからといって、献身的な行動が報われるとは限らない」


男はつらいよ』シリーズは、毎回これを2時間かけて表現するが、説明はしない「寅ちゃんの無私の心が、○○ちゃんを幸せにしたね」とおばちゃんが感心したり、「お兄ちゃんはどんなに尽くしても、だれからも振り向いてもらえないわ」と、さくらが嘆いたりしない(ひろしは言ってそうな気もちょっとするけど)。そうしない代わりに、寅さんはトランクを持ってとらやを出ていき、おばちゃんはだまって壁を見つめ、さくらはお兄ちゃんの乗った電車を見送る。


観客が感動するのは、あらすじがよくできているからでなく、世の中の真実が真に迫る形で表現されているからなのだ。


本書にはこうも書かれている。

 

観客から、「そう、人生ってそんなものだよ」という反応を引き出せればすばらしい。
すぐれた作品は生きた隠喩であり、「人生はこういうものだ」と示す。時を超えて、古典の名作が与えてくれるのは、解決策ではなく洞察力であり、答えではなく詩的感性である。古典は、あらゆる世代が人間らしくあるために解決すべき問題を明らかにする。


まさに『男はつらいよ』シリーズを評するのにぴったりの言葉だと思う。観客は、無私の心で人の幸せを願いたいけれど、だからといって報われるわけではないから、妥協しないといけないという現実のジレンマを無意識のレベルで感じ取り、そんなジレンマの中でうまく折り合いをつけていかれない不器用な寅さんやさくらに共感するのだ。


価値が変化しないとストーリーではない


本書では、ストーリーの本質を価値要素の変化としてもとらえている。


本書によると、ストーリーは価値要素がプラスからマイナス、マイナスからプラスへと変化していないければならず、価値要素が変化しないのは何も起きていないのと同じだという。


例によって、寅さんで考えてみる。『男はつらいよ』シリーズでは、次の3つの価値要素が要になっている。

 

  • 寅さんが大切にする価値 マドンナが幸せになること、結婚してさくらを安心させること
  • マドンナが大切にする価値 自分の気持ちに正直に生きること
  • さくらが大切にする価値 お兄ちゃんが幸せになること


そして、寅さんシリーズでは、必ず次の出来事が起きる。


葛藤を抱えたマドンナが自分の気持ちに正直になったために、寅さんのもとを去る。
すると、上の3つの価値要素は次のように変わる。


マドンナの自分の気持ちに正直に生きるという価値は、マイナスからプラスに転じる。
寅さんのマドンナの幸せを願う価値もマイナスからプラスに転じるが、結婚してさくらを安心させたいという寅さんの価値はマイナスからプラスへ(出会い)、そしてマイナスへと転じる(失恋)。


さくらのお兄ちゃんの幸せを願う価値は、マイナスからプラス(お兄ちゃんが今度こそ結婚できるかもという期待)へ、そしてマイナスへと転じる。


この大きな価値の変化がストーリーに欠かせないものだが、ストーリーを力強く前進させるためには、次のように価値要素が絶えず変化する必要がある。


マドンナは、元気はつらつという感じでとらやに登場するが(プラス)、さくらやおいちゃん、おばちゃんと話をするうちに訳アリだとわかる(マイナス)。その後、寅さんやとらやのメンツと楽しく過ごし明るさを取り戻すが(プラス)、問題の元凶が登場する(大幅マイナス)。寅さんが間に入ってくれて、問題の元凶との関係が回復し、自分の気持ちに正直になることができる(大幅プラス)。


寅さんの場合、陽気な夢を見たり、地方で景気よく過ごすが(プラス)、帰ってみると寅屋のメンツの反応が気に入らない(マイナス)。すると、マドンナが登場しひと目惚れ(プラス)、さくらやひろしやタコ社長との間で衝突したりするが(マイナス)、マドンナが自分にまんざらでもないので気分がよくなる(プラス)。そのうち、マドンナが問題を抱えていることがわかり(マイナス)、問題の元凶とマドンナの間に立って解決に導くが(プラス)、失恋して柴又を去る(大幅マイナス)。その後、マドンナかサブヒロインを訪ね、幸せそうな光景を目にして大団円(大幅プラス)。

 

なるほど。本書で書かれているとおり、価値要素が変化し、その変化の度合いが最大になるところでクライマックスを迎えていることがわかる。

物事には、セオリーがあるものである。

物語を分析したり、作ったりしてみたい人はぜひ

こんなふうに、自分の好きな映画をケーススタディに、本書に書かれているストーリーの本質とはどんなものかを考えてみるとおもしろいと思う。

さらに、物語を作ってみたいという人には、本書はさらに細かいシーンの描き方や、説明をせずにいかに登場人物の台詞や行動で表現するのかといったテクニカルな解説が充実しているので、とても参考になるはずだ。


ちなみに、本書では例としてたくさんの映画が登場するが、作品を知らなくても理解できるように書かれているので心配はいらない。ただ本書を深く理解する上では、頻繁に登場する『カサブランカ』『チャイナタウン』『クレイマー、クレイマー』あたりは事前に観ておいたほうが有意義な読書になるかもしれない。

 

ストーリーテリングを成功させるには、寅さんやさくらのような、観客が共感を覚える登場人物を描くことも重要になるが、最後に、この重要性を語った章から、吹き出してしまった部分を引用したい。

著者は、『羊たちの沈黙』で人肉を食べるレクター博士が素晴らしい人物として描かれている点を強調している。高い知性、鋭い機知、皮肉のセンス、紳士的な魅力を備え、何よりも冷静。地獄のような世界で、どうしてこれほど落ち着いて礼儀正しくいられるのだろうかと、観客は考えるのだという。そして、こう締めくくる。

 

[観客は]共感を覚えつつこう考える。「もし自分が人肉を食べる異常者なら、レクターのようになりたい」